創造的生命力を生み出す愛

夏目漱石「吾輩は猫である」


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日本近代文学を代表する文豪
夏目漱石

夏目漱石 (1867-1916)


明治元年の1年前に生まれ、大正5年に胃潰瘍の大出血で亡くなった夏目漱石。

49年の生涯の中で何度か幻聴や妄想をする精神状態に陥ったといいます。



20代後半には、自分が下宿していたお寺の尼たちが

自分のことを探偵していると思い込み、妄想から逃れるかのように松山に戻ったそう。



30代にも神経衰弱を患った後、40代となり、

三たび幻聴や妄想を中心とする精神状態に襲われます。

武者小路実篤に宛てた手紙では以下のように述べています。




  気に入らない事、癪に障る事、憤慨すべき事は塵芥の如く沢山あります。

  それを清める事は人間の力では出来ません。

  それと戦うよりもそれをゆるす事が人間として立派なものならば、

  できるだけそちらの方の修行をお互いとしてしたいと思いますがどうでしょう。




病や障がいによって苦悩の人生を歩んだという夏目漱石。

しかし、その一方で病があるがゆえに傑出した創造的活動を行えた面があったといいます。



○破壊と再生|日本型うつ病社会に別れを告げて

○苦しみに満ちている人間の生からの救済|ショーペンハウアー


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人間の愚かさを風刺する
吾輩は猫である



夏目漱石の代表作の一つ「吾輩は猫である」。

主人公の苦沙弥(くしゃみ)先生は、

当時の社会の功利・卑俗・傲慢・野蛮に辛辣(しんらつ)な批判を加える知識人。



作品を通して、文明のありかた、戦争論、民衆論、女性論、

金力の社会的支配とそれに対する反抗、人間の孤独などの

テーマが猫の視線を通して次々に展開されてゆきます。


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薄暗い所に生まれた吾輩
始めて人間を見る



※吾輩は猫である 夏目漱石 一 冒頭


  吾輩は猫である。名前はまだ無い。

  どこで生れたかとんと見当(けんとう)がつかぬ。

  何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。

  吾輩はここで始めて人間というものを見た。


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闇の中に生まれる
ジェリクルキャッツ

Musical 「CATS」
Logo by Really Useful Group


※Jellicle Songs For Jellicle Cats|Musical「CATS」
 Based on 「OLD POSSUMS BOOK OF PRACTICAL CATS」 by T.S. Eliot
 Music by Andrew Lloyd Webber


  Are you blind when you're born?

  Can you see in the dark?

  Can you look at a king? would you sit on his throne?

  Can you say of your bite that it's worse than your bark?

  Are you cock of the walk when you're walking alone?

  …



※ホームページ管理者による直訳


  生まれたとき、目は見えなかったか

  暗闇の中で見れるか

  王は見えるか 王座にすわる意志はあるか

  唸り声より噛みつく方が劣っているか

  一人で歩いているとき、お山の大将になっていないか

  …



※ホームページ管理者による意訳


  何も知らない無垢な状態で生まれたのか

  暗闇の中で光を見い出せるか

  志はあるか 目指す意志はあるか

  吠えるばかりでなく行動に移せるか

  お山の大将になっていないか 孤独に耐えられるか

  …



※ジェリクル ソング|ミュージカル「CATS」 劇団四季
 日本語訳詞 : 浅利慶太  曲 : アンドリュー・ロイド=ウェバー


 生まれたのか 闇の中に

 恐れないか何者をも

 黙ったまま耐えて強く

 生きぬけるか その孤独を

 …



○暗く覆いかぶさっているものを光で照らす|啓蒙主義

○私たちの身近に寄り添う「愛と人間性」の芸術|ミュージカル


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Jellicle Songs For Jellicle Cats|Cats

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水底の藻
暗いところに生まれた小野清三

トリノクチ 沖縄県久米島


※虞美人草(ぐびじんそう) 夏目漱石 四


  小野さんは色相世界(しきそうせかい)に住(じゅう)する男である。

  (※色相世界⇒肉眼で見ることの出来る世の中)

  小野さんは暗い所に生れた。ある人は私生児(しせいじ)だとさえ云う。

  (※私生児⇒婚姻関係にない男女の間に生まれた子供)

  筒袖(つつそで)を着て学校へ通う時から友達に苛(いじ)められていた。

  行く所で犬に吠ほえられた。父は死んだ。

  外で辛(ひど)い目に遇(あ)った小野さんは帰る家が無くなった。

  やむなく人の世話になる。

  水底(みなそこ)の藻(も)は、暗い所に漂(ただよ)うて、

  白帆行く岸辺に日のあたる事を知らぬ。

  右に靡(なび)こうが、左に靡びこうが嬲(なぶ)るは波である。

  ただその時々に逆わなければ済む。

  馴れては波も気にならぬ。

  波は何物ぞと考える暇(ひま)もない。

  なぜ波がつらく己(おの)れにあたるかは無論問題には上(のぼ)らぬ。

  上ったところで改良は出来ぬ。

  ただ運命が暗い所に生(は)えていろと云う。

  そこで生えている。

  ただ運命が朝な夕なに動けと云う。だから動いている。

  ――小野さんは水底の藻であった。



○プリマヴェーラ|悲劇によって道義を知る「虞美人草」

○人類から遠く離れた孤独の中に住む 世界の本質

○球美の島、久米島|中継貿易の寄港地として栄えた美しき島


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向上という空ばかりみて
猫を理解できない人間

映画「耳をすませば(Whisper of the Heart)」 1995年 スタジオジブリ
原作:柊あおい 脚本:宮崎駿 監督:近藤喜文


※吾輩は猫である 夏目漱石 二


  ちょっと読者に断っておきたいが、元来人間が何ぞというと猫々と、

  事もなげに軽侮の(けいぶ⇒ばかにした)口調をもって

  吾輩を評価する癖があるははなはだよくない。



  人間の糟(かす)から牛と馬が出来て、牛と馬の糞から猫が製造された

  ごとく考えるのは、自分の無智に心付かんで高慢な顔をする教師など

  にはありがちの事でもあろうが、はたから見てあまり見っともいい者じゃない。



  いくら猫だって、そう粗末簡便には出来ぬ。

  よそ目には一列一体、平等無差別、どの猫も自家固有の特色などは

  ないようであるが、猫の社会に這入(はい)って見るとなかなか複雑なもので

  十人十色といろという人間界の語(ことば)はそのままここにも応用が出来るのである。



  目付(めつき)でも、鼻付でも、毛並でも、足並でも、みんな違う。

  髯(ひげ)の張り具合から耳の立ち按排(あんばい)、

  尻尾(しっぽ)の垂れ加減に至るまで同じものは一つもない。

  器量、不器量、好き嫌い、粋無粋(すいぶすい)の数を悉(つ)くして

  千差万別と云っても差支えないくらいである。



  そのように判然たる区別が存しているにもかかわらず、

  人間の眼はただ向上とか何とかいって、空ばかり見ているものだから、

  吾輩の性質はむろん相貌(そうぼう⇒顔かたち)の末を識別する事すら

  到底出来ぬのは気の毒だ。

  同類相求(どうるいあいもと)む(⇒似たもの同士は集まりたがる)とは

  昔からある語(ことば)だそうだがその通り、

  餅屋もちやは餅屋、猫は猫で、猫の事ならやはり猫でなくては分らぬ。



  いくら人間が発達したってこればかりは駄目である。

  いわんや(ましてや)実際をいうと彼等が自(みずか)ら信じているごとく

  えらくも何ともないのだからなおさらむずかしい。


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Whisper of the Heart Trailer / 耳をすませば 予告編

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The Ad-dressing of Cats
猫に話しかける法

T. S. Eliot in 1923, by Lady Ottoline Morrell
イギリスの詩人・劇作家、トマス・スターンズ・エリオット(1888-1965)


ミュージカル「CATS」の原作である「キャッツ ポッサムおじさんの猫とつき合う法」。

物語の中には様々な猫が登場しますが、最後に猫に話しかけるコツを教えてくれます。



※キャッツ ポッサムおじさんの猫とつき合う法 T.S. エリオット 池田雅之(訳)
 ちくま文庫 1995 猫に話しかける法 p108-115


  いかがでしたか、

     読者のみなさんにお付き合い願ったさまざまな猫たち。

  でも、猫の性格知ってもらおうと、もうこれ以上、

  くどくど説明するのも、無粋な話。

  先刻、ご推察と思うけど、

  登場願った猫たちは、みなさんたちにも、わたしにもよく似ている。

  人間たちと変わりばえなく、猫も千差万別、多種多様。

  まともなやつもいれば、おかしなやつもいる、

  いいやつもいれば、悪もいる。

  ほどほどの善玉もいれば、いささかの性悪もいるってこと−。


  (中略)


  そこで、みなさん、

  「猫にはなしかけるには、どうしたらいいだろう?」



  読者のみなさん、まずは、お心に留めおきあれ、

  「猫たるものは、犬には非(あら)ず」と。



  犬っていうのは、ちょっと見には、喧嘩好き。

  年中吠えているやつ、ときには噛みつくやつ。

  されど、犬はだいたいがお人好し。

  もちろん、ペキニーズや他の珍種犬は、別の話。



  よく見かける都会育ちの犬って、どじな道化ばかり。

  誇りと品位にかける連中だ。

  こうした手合いの犬たち、すぐに人間にだまされるのが落ち−。

  ちょいとあごの下を撫でられ、

  背中をポンと叩かれて、手をにぎられると、

  じゃれつき、喉を鳴らして、ご機嫌至極(きげんしごく)。

  犬というやつは、とってもお調子者で、いなか者。

  誰が呼ぼうと、どなろうと、しっぽ振り振り、いつでもワン。



  そこで、もう一度、思い出していただきたいのは、

  「犬は犬、猫は猫」という鉄則。

  猫に関して、ルールは、ひとつ。

  「向こうから話かけてくるまで、猫に口をきいてはいけない」

  とはいえ、わし自身は、このルールあんまり信じてないけどね−。



  そこで。みなさんから、猫にごあいさつを。

  でも、猫は、人様になれなれしくされるのが大嫌い、

  その事をゆめ忘れることなかれ。

  わしは帽子を取り、頭をさげて、

  猫にこんな風に話しかける。

  「ああ、猫君!」


  (中略)


  猫たるもの、人間から敬意を表されるのは、

  当然至極なこと。

  晴れて、願が叶えば、

  ついに猫の名前を、じきじきに呼べる日が、やって来る!



  「犬は犬、猫は猫」ということ。

  これこそ、みなさんが、猫に話かけるコツだ。



○ノーベル文学賞作家 T.Sエリオットが暮らしたマンション


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二足歩行の特徴をもつ
私たち

約320万年前エチオピアで生活していた猿人女性 ルーシー
アウストラロピテクス・アファレンシス(アファール猿人) 国立科学博物館


※吾輩は猫である 夏目漱石 六


  第一、足が四本あるのに二本しか使わないというのから贅沢だ。

  四本であるけばそれだけはかもゆく(たくさん進む)わけだのに、

  いつでも二本で済まして、残る二本は到来の棒鱈(とうらいのたらぼう⇒

  頂いたタラの干物)のように手持ち無沙汰にぶら下げているのは馬鹿馬鹿しい。

  これでみると人間はよほど猫より閑(ひま)なもので退屈のあまり

  かような(このような)いたずらを考案して楽しんでいるものと察せられる。



  ただ可笑(おか)しいのはこの閑人(ひまじん)がよると障(さ)ると

  多忙だ多忙だと触れ廻るのみならず、その顔色がいかにも多忙らしい、

  わるくすると多忙に食い殺されはしまいかと思われるほど

  せこついて(細かいことにこだわって)いる。



  彼らのあるものは吾輩を見て時々あんなになったら気楽でよかろう

  などというが、気楽でよければなるが好(い)い。

  そんなにせこせこしてくれと誰も頼んだわけでもなかろう。

  自分で勝手な用事を手に負えぬほど製造して苦しい苦しいというのは

  自分で火をかんかん起こして暑い暑いというようなものだ。



○人と人・人と自然との共存から未来を紡ぐ|Life is a Journey

○子どもたちに会いにいく旅|遊びの中に未来がある こどもの国


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美しい女性猫
三毛子

ヨーロピアンショートヘヤー (European Shorthair)


※吾輩は猫である 夏目漱石 二


  いっその事気を易(か)えて新道の二絃琴(にげんきん⇒弦が二本の琴)の

  御師匠さんの所の三毛子(みけこ⇒女性猫)でも訪問しようと台所から裏へ出た。



  三毛子はこの近辺で有名な美貌家である。

  吾輩は猫には相違ないが物の情(なさけ)は一通り心得ている。

  うちで主人の苦(にが)い顔を見たり、御三(おさん⇒主人の家のお手伝いさん)

  の険突(けんつく⇒じゃけんにしかられる)を食って気分が勝(すぐ)れん時は

  必ずこの異性の朋友(ほうゆう)の許(もと)を訪問していろいろな話をする。



  すると、いつの間にか心が晴々(せいせい)して

  今までの心配も苦労も何もかも忘れて、生れ変ったような心持になる。

  女性の影響というものは実に莫大なものだ。



  杉垣の隙から、いるかなと思って見渡すと、三毛子は正月だから

  首輪の新しいのをして行儀よく椽側(えんがわ)に坐っている。

  その背中の丸さ加減が言うに言われんほど美しい。

  曲線の美を尽している。尻尾(しっぽ)の曲がり加減、足の折り具合、

  物憂(ものうげ)に耳をちょいちょい振る景色なども到底(とうてい)形容が出来ん。

  ことによく日の当る所に暖かそうに、品よく控えているものだから、

  身体は静粛端正の態度を有するにも関らず、天鵞毛(びろうど)を欺(あざむ)く

  ほどの滑(なめらか)な満身の毛は春の光りを反射して風なきにむらむらと

  微動するごとくに思われる。



  吾輩はしばらく恍惚(こうこつ)として眺ながめていたが、やがて我に帰ると同時に、

  低い声で「三毛子さん三毛子さん」といいながら前足で招いた。



○セクシュアリティとジェンダー|文学にみる女性観


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クレオパトラの鼻が低かったら
世界は変わっていただろう

絨毯の中からカエサルの前へ現れるクレオパトラ 1886年
ジャン=レオン・ジェローム


※「パンセ(中)」 パスカル 塩川徹也(訳) 岩波文庫 2015 p43-44


  人間のむなしさを十分に知りたければ、恋愛の原因と結果を考察するだけでよい。

  その原因は、「私には分からない何か」なのに、その結果は恐るべきものだ。



  この「私には分からない何か」、あまりに些細で目にも止まらないものが、

  あまねく地を、王公を、軍隊を、全世界を揺り動かす。

  クレオパトラの鼻。

  もしそれがもう少し小ぶりだったら、地球の表情は一変していたことだろう。



「私には分からない何か」という言い回しは、

17世紀当時、非合理な感情の表現として愛用されたそうです。



○人間の弱さと限界、そこからの可能性|パスカル「パンセ」

○人間の心のあり方を理解する|日本人の精神性を探る旅


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才気と美貌、傲慢で虚栄をつらぬく藤尾の悲劇
虞美人草

虞美人草(ぐびじんそう) ヒナゲシ


※虞美人草 夏目漱石 新潮社 書籍案内文より


  大学卒業のとき恩賜の銀時計を貰ったほどの秀才小野。

  彼の心は、傲慢で虚栄心の強い美しい女性藤尾と、

  古風でもの静かな恩師の娘小夜子との間で激しく揺れ動く。

  彼は、貧しさからぬけ出すために、いったんは小夜子との縁談を断わるが……。

  やがて、小野の抱いた打算は、藤尾を悲劇に導く。



  東京帝大講師をやめて朝日新聞に入社し、

  職業的作家になる道を選んだ夏目漱石の最初の作品。




当時、東京帝国大学卒業式には明治天皇が臨席し、

成績優秀な卒業生には銀時計を授与したそうです。



○プリマヴェーラ 春の訪れ|悲劇によって道義を知る「虞美人草」

○大地に宿る命|移ろい行く時の狭間に力の限り咲く花


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身分が大変よかった
三毛子の飼い主

最古の七弦琴 唐時代・開元12年(724) 国宝
東京国立博物館


※吾輩は猫である 夏目漱石 二


  障子の内で御師匠さん(三毛子の飼い主)が

  二絃琴(にげんきん⇒絃が二本の琴)を弾(ひ)き出す。

  「宜(い)い声でしょう」と三毛子は自慢する。

  「宜いようだが、吾輩にはよくわからん。全体何というものですか」

  「あれ? あれは何とかってものよ。御師匠さんはあれが大好きなの。

  ……御師匠さんはあれで六十二よ。随分丈夫だわね」

  六十二で生きているくらいだから丈夫と云(い)わねばなるまい。

  吾輩は「はあ」と返事をした。

  少し間が抜けたようだが別に名答も出て来なかったから仕方がない。



  「あれでも、もとは身分が大変好(よ)かったんだって。いつでもそうおっしゃるの」

  「へえ元は何だったんです」

  「何でも天璋院(てんしょういん⇒徳川十三代に嫁いだ島津家の養女)様の

  御祐筆(ごゆうひつ⇒記録をつかさどる職)の妹の

  御嫁に行った先の御っかさんの甥(おい)の娘なんだって」



  「何ですって?」

  「あの天璋院様の御祐筆の妹の御嫁にいった……」

  「なるほど。少し待って下さい。天璋院様の妹の御祐筆の……」

  「あらそうじゃないの、天璋院様の御祐筆の妹の……」



  「よろしい分りました天璋院様のでしょう」

  「ええ」

  「御祐筆のでしょう」

  「そうよ」

  「御嫁に行った」

  「妹の御嫁に行ったですよ」

  「そうそう間違った。妹の御嫁にいった先きの」

  「御っかさんの甥の娘なんですとさ」

  「御っかさんの甥の娘なんですか」

  「ええ。分ったでしょう」



  「いいえ。何だか混雑して要領を得ないですよ。

  詰(つま)るところ天璋院様の何になるんですか」

  「あなたもよっぽど分らないのね。

  だから天璋院様の御祐筆の妹の御嫁に行った先きの御っかさんの

  甥の娘なんだって、先(さっき)っから言ってるんじゃありませんか」



  「それはすっかり分っているんですがね」

  「それが分りさえすればいいんでしょう」



  「ええ」と仕方がないから降参をした。

  吾々(われわれ)は時とすると理詰の虚言(うそ)を吐(つ)かねばならぬ事がある。



○権力を表象してきた建造物|日本人の自我主張

○本物の作品で日本の文化史がたどれる 東京国立博物館


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金力の社会的支配とそれに対する反抗
実業家 金田家

Seven deadly sins - Pride 1558 Pieter Bruegel
七つの大罪 - 傲慢 ピーテル・ブリューゲル


※吾輩は猫である 夏目漱石 三


  「ちと伺いたいことがあって、参ったんですが」

  鼻子(吾輩がつけた金田夫人のあだ名)は再び話の口を切る。

  「はあ」と主人(苦沙弥先生)が極めて冷淡に受ける。



  これではならぬと鼻子は、

  「実は私はつい御近所で――あの向う横丁の角屋敷なんですが」

  「あの大きな西洋館の倉のあるうちですか、

  道理であすこには金田と云う標札が出ていますな」

  と主人はようやく金田の西洋館と、金田の倉を認識したようだが

  金田夫人に対する尊敬の度合いは前と同様である。



  「実は宿が出まして(⇒夫が来て)、御話を伺うんですが会社の方が

  大変忙がしいもんですから」と今度は少し利いたろうという眼付をする。

  主人は一向(いっこう)動じない。

  鼻子のさっきからの言葉遣いが初対面の女としては

  あまり存在(ぞんざい)過ぎるのですでに不平なのである。



  「会社でも一つじゃ無いんです、二つも三つも兼ねているんです。

  それにどの会社でも重役なんで――多分御存知でしょうが」

  これでも恐れ入らぬかと云う顔付をする。



  元来ここの主人は博士とか大学教授とかいうと非常に恐縮する男であるが、

  妙な事には実業家に対する尊敬の度は極めて低い。

  実業家よりも中学校の先生の方がえらいと信じている。

  よし(たとえ)信じておらんでも、融通の利かぬ性質として、

  到底実業家、金満家の恩顧(おんこ)を蒙(こうむ)る事は

  覚束(おぼつかない)と諦あきらめている。

  いくら先方が勢力家でも、財産家でも、自分が世話になる見込のないと

  思い切った人の利害には極めて無頓着である。

  それだから学者社会を除いて他の方面の事には極めて迂濶(うかつ)で、

  ことに実業界などでは、どこに、だれが何をしているか一向知らん。

  知っても尊敬畏服(いふく)の念は毫(ごう)も起らんのである。



  鼻子の方では天(あめ)が下(⇒天下)の一隅にこんな変人が

  やはり日光に照らされて生活していようとは夢にも知らない。

  今まで世の中の人間にも大分(だいぶ)接して見たが、

  金田の妻(さい)ですと名乗って、急に取扱いの変らない場合はない、

  どこの会へ出ても、どんな身分の高い人の前でも立派に金田夫人で通して行かれる、

  いわんやこんな燻(くすぶ)り返った老書生においてをやで、

  私の家は向う横丁の角屋敷ですとさえ云えば

  職業などは聞かぬ先から驚くだろうと予期していたのである。


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策略で勝っても
人間としては負けたのだ

夏目漱石「こころ」の中で、「先生」が毎月参った
自殺したKの墓がある雑司ヶ谷霊園(ぞうしがやれいえん、東京都豊島区)


※こころ 夏目漱石 上 先生と私 十四


  かつてはその人の膝の前に跪(ひざま)ずいたという記憶が、

  今度はその人の頭の上に足を載せさせようとするのです。

  私は未来の侮辱を受けないために、今の尊敬を斥(しり)ぞけたいと思うのです。

  私は今より一層淋しい未来の私を我慢する代わりに、

  淋しい今の私を我慢したいのです。

  自由と独立と己(おの)れとに満ちた現代に生まれた我々は、

  その犠牲としてみんなこの淋しさを味わわなくてはならないでしょう。




※こころ 夏目漱石 上 先生と私 二十八


  悪い人間という一種の人間が世の中にあると君は思っているのですか。

  そんな鋳型(いがた)に入れたような悪人は世の中にある筈がありませんよ。

  平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。

  それが、いざという間際に、急に悪人に変わるんだから恐ろしいのです。

  だから油断ができないのです。




※こころ 夏目漱石 上 先生と私 三十一


  「あなたは本当に真面目なんですか」と先生が念を押した。

  「私は過去の因果で、人を疑(うたぐ)りつけている。だから実はあなたも疑っている。

  然(しか)しどうもあなただけは疑りたくない。あなたは疑るには余りに単純すぎる様だ。

  私は死ぬ前にたった一人で好(い)いから、人を信用して死にたいと思っている。

  あなたはそのたった一人になれますか。なってくれますか。

  あなたは腹の底から真面目ですか」




※こころ 夏目漱石 下 先生と遺言 二


  私は暗い人生の影を遠慮なくあなたの頭の上に投げかけて上(あげ)ます。

  然(しか)し恐れては不可(いけま)せん。

  暗いものを凝(じっ)と見詰めて、その中から貴方(あなた)の参考になるものを

  御攫(おつか)みなさい。


  (中略)


  私は今自分で自分の心臓を破って、その血をあなたの顔に浴びせかけようと

  しているのです。私の鼓動が停った時、あなたの胸に新らしい命が宿る事が

  出来るなら満足です。



○人間的なるものの別名|愛するあまり滅ぼし殺すような悪


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奇観な景色
ことごとく裸体である銭湯

女湯 1787頃 鳥居清長 ボストン美術館
脱衣所(手前)と湯ぶねとの間(下半身だけ見える人の方)には、
湯が冷えるのを防ぐ為に背をかがめて通る石榴口(ざくろぐち)があったそうです


※吾輩は猫である 夏目漱石 七


  横町を左へ折れると向うに高いとよ竹のようなものが屹立(きつりつ)して

  先から薄い煙を吐いている。これ即(すなわち)洗湯である。

  吾輩はそっと裏口から忍び込んだ。


  (中略)


  何が奇観(きかん)だって吾輩はこれを口にするを憚(はばか)るほどの奇観だ。

  この硝子窓の中にうじゃうじゃ、があがあ騒いでいる人間はことごとく裸体である。

  台湾の生蕃(せいばん⇒支配者の漢族に同化せず原始生活をした部族)である。

  二十世紀のアダムである。

  そもそも衣装の歴史を繙(ひもと)けば、(中略) 人間は全く服装で持ってるのだ。



○最も進んでいないイノベーション 人間に関する知識|ルソー「人間不平等起源論」


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自尊心から生まれた
衣服

旧約聖書「創世記」に記される最初の人間
アダムとエヴァ 1507 アルブレヒト・デューラー プラド美術館


※吾輩は猫である 夏目漱石 七


  その昔自然は人間を平等なるものに製造して世の中に抛(ほう)り出した。

  だからどんな人間でも生れるときは必ず赤裸(あかはだか)である。

  もし人間の本性が平等に安んずるものならば、

  よろしくこの赤裸のままで生長してしかるべきだろう。



  しかるに赤裸の一人が云うにはこう誰も彼も同じでは勉強する甲斐かいがない。

  骨を折った結果が見えぬ。

  どうかして、おれはおれだ誰が見てもおれだと云うところが目につくようにしたい。

  それについては何か人が見てあっと魂消(たまげ)る物をからだにつけて見たい。

  何か工夫はあるまいかと十年間考えてようやく猿股(さるまた)を発明して

  すぐさまこれを穿(は)いて、どうだ恐れ入ったろうと威張ってそこいらを歩いた。

  これが今日の車夫(しゃふ⇒人力車の引手)の先祖である。


  (中略)


  皆勝ちたい勝ちたいの勇猛心の凝(こ)ってさまざまの新形となったもので、

  おれは手前(⇒おまえ)じゃないぞと振れてあるく代りに被っているのである。



  して見るとこの心理からして一大発見が出来る。それはほかでもない。

  自然は真空を忌(い)むごとく、人間は平等を嫌うと云う事だ。



  すでに平等を嫌ってやむを得ず衣服を骨肉のごとくかようにつけ纏(まと)う今日において、

  この本質の一部分たる、これ等を打ちやって、元の杢阿弥(もくあみ)の公平時代に

  帰るのは狂人の沙汰である。よし狂人の名称を甘んじても帰る事は到底出来ない。

  帰った連中を開明人(かいめいじん)の目から見れば化物である。

  たとい世界何億万の人口を挙げて化物の域に引ずりおろしてこれなら平等だろう、

  みんなが化物だから恥ずかしい事はないと安心してもやっぱり駄目である。



  世界が化物になった翌日からまた化物の競争が始まる。

  着物をつけて競争が出来なければ化物なりで競争をやる。

  赤裸(あかはだか)は赤裸でどこまでも差別を立ててくる。

  この点から見ても衣服はとうてい脱ぐ事は出来ないものになっている。


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衣服を着た地上のヴィーナス
プリマヴェーラ

「プリマヴェーラ(春)」 1482年頃 サンドロ・ボッティチェッリ
ウフィッツィ美術館、フィレンツェ


ルネサンス期を代表する画家サンドロ・ボッティチェリの

「プリマヴェーラ(Primavera)」。



右端から風を吹きかけているのは西風の神ゼピュロス。

風を吹きかけられた森の妖精クロリス(右から二番目)は、

口から草花が芽生え、花と春と豊穣を司るフローラに変身しようとしています。

その隣り(右から三番目)には、草花が描かれた衣服をまとうフローラが描かれ、

クロリスとフローラは同一存在であるよう。

実際にボッティチェリが過ごしたフィレンツェは、春になると西風が吹くそうです。



中心には衣服を着たヴィーナス(Vebus Vulgaris)が世界を見渡しています。

ヴィーナスの足元には、フィレンツェで見ることができる40種類ほどの花々

が描かれているといわれます。



ヴィーナスの頭上には目隠しをしたキューピット(クピド、エロス)。

目隠しは、肉体の眼によって世界を見るのではなく精神の眼で見ているとされます。



ヴィーナスの左側には三美神が描かれ、右から「美」「貞節」「愛」の女神。

キューピッドの矢は真ん中の「貞節の女神」に向けられ、

貞節は美をかえして愛に帰着すると考えられています。



左端で背を向ける男性神は人間の理性を司るメルクリウス。

人間の理性は地上世界に留まらざるを得ないにも関わらず、

地上世界が生み出すものに満足できず、素晴らしい地上世界

に背を向けて、天を見上げ上昇しようとしているようです。



○プリマヴェーラ 春の訪れ|悲劇によって道義を知る「虞美人草」


○春風、肌に心地よい季節|芽吹きの春

○ため息を春風に変えて|自然からの贈り物 春の花言葉


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着衣より高尚な裸体
天上のヴィーナス

「ヴィーナスの誕生」 1483年頃 サンドロ・ボッティチェッリ
ウフィッツィ美術館、フィレンツェ


天の神ウーラノスの男性性器が海に投げ込まれたときに、その精液が海に滴り、

そこから生まれたという天上のヴィーナス(Venus Caelestis)。

そのため母親はいないとされ、ヴィーナスと同一視される

ギリシヤ神話のアプロディーテのアプロスは「泡」のこと。



左には西風の神ゼピュロスと森の妖精クロノス。

ゼピュロスの吹く風によって、ヴィーナスの乗る貝は陸に辿り着こうとしています。

右には季節と秩序を司る時の神ホーラが出迎え、布をかけようとしています。



貝の上のヴィーナスは、腰からつま先に向けて左側に傾斜しており、

重力(物質・地上・人間の住む世界)とは無関係の存在として描かれているよう。



「プリマヴェーラ」に描かけるヴィーナスは、衣服を着ているのに対して、

「ヴィーナスの誕生」に描かれるヴィーナスは裸体であり、西洋美学に

おいては着衣より裸体の方が高尚・神聖な存在とみなされています。



○「着衣のマハ」と「裸のマハ」|フランシスコ・デ・ゴヤ


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美とは
創造的生命力を生み出す愛

新プラトン主義の哲学者マルシリオ・フィチーノ (Marsilio Ficino 1433-1499)
絵画 ドメニコ・ギルランダイオ トルナブオーニ礼拝堂 (部分)


ルネサンスの中心であったイタリア・フィレンツェ。メディチ家の当主コジモは、

古代ギリシアの哲学者プラトンがアテナイに創設したアカデメイアにならって、

カレッジのメディチ家別荘にプラトン・アカデミアを創設します。

ボッティチェリの絵画は新プラトン主義の思想と密接に関連しているといわれます。



新プラトン主義を代表する哲学者マルシリオ・フィチーノは、

「美」について以下のように述べています。



  万物を超越している神の力が、天使と魂を生み、その神の力が、

  天使と魂の内に、自らの光を注ぐように、やさしく注ぎ込むのである。

  そして、その光の内には、万物を創造する実り豊かな力が、内在しているのである。



  この神の顔の表情の、好意あふれる愛を、我々は美と呼ぶ。



  親の顔の表情が、子供には好ましくありがたいものであると同様に、

  彼ら(魂)の父である神の顔の表情は、必然的に、魂にとって、

  極めて好ましくありがたいものである。

  幾度も同じことを申し上げるが、天使においてであれ、魂においてであれ、

  世界の物質においてであれ、この顔の表情の、輝きと好意あふれる愛が、

  普遍的な美とよばれるべきものなのである。



※西洋芸術の歴史と理論
 講師 青山昌文 先生 放送大学教授
 7.イタリア・ルネサンス美術 −ルネサンスの新プラトン主義−
※メディチ家 森田義之 講談社現代新書 1999



○人間的なるものの別名|愛するあまり滅ぼし殺すような悪

○哲学からみた人間理解|自分自身の悟性を使用する勇気を持つ

○生命の跳躍|アンリ・ベリクソン


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誰も見たことがない
大和魂

白神山地 世界最大級の原始的なブナ林
世界遺産


※吾輩は猫である 夏目漱石 六


  主人は何と思ったか、ふいと立って書斎の方へ行ったがやがて一枚の半紙

  を持って出てくる。「東風君の御作も拝見したから、今度は僕が短文を読んで

  諸君の御批評を願おう」といささか本気の沙汰である。


  (中略)


  「大和魂! と叫んで日本人が肺病やみのような咳せきをした」

  「起し得て突兀(とっこつ)ですね」と寒月君がほめる。

  「大和魂! と新聞屋が云う。大和魂! と掏摸(すり)が云う。

  大和魂が一躍して海を渡った。

  英国で大和魂の演説をする。独逸(ドイツ)で大和魂の芝居をする」


  (中略)


  「東郷大将が大和魂を有(も)っている。

  肴屋(さかなや)の銀さんも大和魂を有っている。

  詐偽師(さぎし)、山師(やまし)、人殺しも大和魂を有っている」


  (中略)


  「大和魂はどんなものかと聞いたら、大和魂さと答えて行き過ぎた。

  五六間行ってからエヘンと云う声が聞こえた」


  (中略)


  「三角なものが大和魂か、四角なものが大和魂か。

  大和魂は名前の示すごとく魂である。魂であるから常にふらふらしている」


  (中略)


  「誰も口にせぬ者はないが、誰も見たものはない。

  誰も聞いた事はあるが、誰も遇(あ)った者がない。

  大和魂はそれ天狗(てんぐ)の類(たぐい)か」



  主人は一結杳然(いっけつようぜん⇒文章を結んだ後の余韻)と

  云うつもりで読み終ったが、さすがの名文もあまり短か過ぎるのと、

  主意がどこにあるのか分りかねるので、三人はまだあとがある事と思って待っている。



  いくら待っていても、うんとも、すんとも、云わないので、

  最後に寒月が「それぎりですか」と聞くと主人は軽(かろ)く「うん」と答えた。

  うんは少し気楽過ぎる。



○美しい日本に生まれた私|天地自然に身をまかせ

○たおやかに熟成してきた白神の時間


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日本人固有の能力を指す
大和魂

戦艦「大和」


大和魂(やまとだましい)は、日本人が固有に持っている能力を指すといわれます。

近代では「清らかで死を恐れない気概・精神」の意味にもなったよう。



○明治天皇の名のもとに出された教育方針|教育勅語

○集団自決の構造|当時の教育の凄まじさ

○平和と独立を守る防衛省|すべての国々、すべての方々に感謝の気持ちを


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教義がはっきり存在しない
神道

食物・穀物を司る神である豊受大御神(とようけだいじんぐう)
が祀られる伊勢神宮 外宮


神社を中心とする宗教である神道(神社神道)は、

「古事記」「日本書紀」などに見える古来の神を基とする日本固有の宗教だといいます。



神道には、キリスト教にみられる聖書や仏教でみられる各宗派の教え、

儒教でみられる「論語」などとは異なり、教義がはっきり存在しない特徴があるそう。



このことについて江戸時代の学者・本居宣長(1730-1801)は、

「鈴屋答問録」にて以下のように指摘します。



  「神道に教えの書なきは、これ真の道なる證也(しるしなり)。

  凡(およ)そ人を教えておもむかするは、もと正しき経(つね)の道にあらず。(中略)

  教えのなきこそ尊とけれ」



  神道に教えがないのは、これが真の道である証拠であり、教えがないからこそ尊い。




世の中は仏教の教義でないと治まらない時代もあり、

儒教でなくてはうまくいかない時代もある。

宣長は、すべての物事をある一つの宗教の教義のみで議論し判断する

当時の日本社会にすでに広くあった近代合理主義を批判します。



神道は、ある時は仏教の衣装を着け、ある時は儒教の衣装を着け、

独自の形態を示さず、他の思想と習合するというところに特徴があるようです。



○日本人の心を形成してきたもの|これからを生きる指針となるものを探る

○日本人の神々を祀る伊勢神宮


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見るもの・聞くものを心深く感じる
もののあはれ

本居宣長四十四歳像 部分
江戸時代の国学者・医師 本居宣長 (1730-1801)


本居宣長によれば、「あはれ」は「物に感ずること」で、「何事にまれ、感ずべき事にあたりて、

感ずべき心を知りて感ずるを、もののあはれを知るとはいふ」とあります。



見るもの聞くものに触れて、心深く感じることが「もののあはれ」であり、

紫式部の「源氏物語」はその最高傑作だと指摘します。



※「紫文要領(しぶんようりょう)」 本居宣長

  世中にありとしある事のさまざまを、目に見るにつけ耳に聞くにつけ、

  身にふるるにつけて、其よろづの事を心にあじはへて、

  そのよろづの事の心をわが心にわきまへしる、これ事の心をしる也。

  物の心をしる也。物の哀れをしるなり。

  其中にも猶くはしくわけていはば、わきまへしる所は物の心事の心をしるといふもの也。

  わきまへしりて、其しなにしたがひて感ずる所が物のあはれ也。



○人間の幸不幸を凝視する物語文学|源氏物語

○日本人の心を形成してきたもの|これからを生きる指針となるものを探る


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情景を思い浮かべる
浜辺の歌

 辻堂海岸 (神奈川県藤沢市)


大正5年に発表された唱歌「浜辺の歌」(作詩:林古渓、作曲:成田為三)。

詞は、結核を患った林古渓(はやしこけい、1875-1947)が

療養中に訪れた辻堂海岸を題材にして作られたといわれます。



2017年現在、JR東海道線辻堂駅の発車メロディは「浜辺の歌」になっています。



○潮風が駆け抜ける海辺を楽しむ、湘南スタイル

○相模湾 江の島に注ぐ境川|川とともに育まれてきた人々の暮らし

○生命の跳躍|海洋を統合的に理解する


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由紀さおり・安田祥子 「浜辺の歌」

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両面もつのが良いとされた
和魂漢才

夏目漱石の名前の由来になったとされる「孫楚漱石(そんそそうせき)」
「蒙求(もうぎゅう)」 李瀚(りかん) 朋友書店


夏目漱石の名前の由来になったといわれる「孫楚漱石(そんそそうせき)」は、

唐時代の李瀚(りかん)の著作「蒙求(もうぎゅう)」の中に見られます。



「蒙求(もうぎゅう)」は平安朝以来、日本で栄えた漢文初学者用のテキストで、

源氏物語の紫式部もこの本によって漢籍の知識を身につけたといい、

また、江戸時代の知識人もこの本によって拠り所となる故事を学んだとされます。

しかし、昭和以来その伝統は途絶えてしまったようです。



日本には「和魂漢才(わこんからざえ)」という言葉がありますが、

その両面もつのが良いとされました。「蒙求」には私たちが忘れてしまった、

生きる上での指針となるものが散りばめられています。



「孫楚漱石(そんそそうせき)」は、中国・西晋(せいしん)の孫楚(そんそ)が

自分が言い間違いをしたにも関わらず、無理な主張をして間違いを認め

なかったという故事。そこから「自身の失敗や負けを認めようとしないこと」、

または、「何かにつけて言い訳ばかりすること」を意味するそうです。



○人間の幸不幸を凝視する物語文学|源氏物語

○街と街、人と人、そして文化と文化を結んだ交易路 西安


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力を入れずして世界を変える力
やまとうた

「古今和歌集仮名序」(巻子本) 国宝 大倉集古館


※古今和歌集 仮名序 紀貫之


   やまとうたは、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける。

   世の中にある人、ことわざ繁きものなれば、心に思ふことを、

   見るもの聞くものにつけて、言ひ出せるなり。



   花に鳴く鶯、水に住む蛙の声を聞けば、生きとし生けるもの、

   いづれか歌をよまざりける。



   力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、

   男女の中をも和らげ、猛(たけ)き武士の心をも慰むるは歌なり。




   和歌は人の心から生まれ、様々な言葉を用いて表現したようなものである。

   この世に生きる人は、物事に忙しく接しているので、

   心に思うことを、見るにつけ聞くにつけ、歌に表したのだ。



   花に鳴く鶯、水に住むカエルの声を聞けば、

   この世に生きているもので歌に詠まないものがあろうか。



   力をも入れずして、天の神や地の神の心を感動させ、

   目に見えない鬼のような心を哀れと思わせ、

  男女の仲をもなごませ、猛々(たけだけ)しい武士の心をもなぐさめるのは歌である。






天変地異、病気、貧困、政治の混乱、内戦と戦争…

人間が生かされている世界は、不条理と不如意(意のごとくならない)に満ちているよう。



それらが歌の力で吹き飛ばされ、理想的な世界が姿を現す。

歌うことで、人間は自分が生きたいと願う理想の世界を想像することができる。



紀貫之は今から1300年前に、こう宣言したそうです。



○いにしえから今を生きる私たちへの伝言|千三百年の時空を超える「奈良」


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見えないものに価値を置く
社会

カリブー(Caribou、トナカイ)の移動


目に見えるものに価値を置く社会と、

見えないものに価値を置くことができる社会の違いをぼくは思った。

そしてたまらなく後者の思想に魅かれるのだった。

夜の闇の中で姿の見えぬ生命の気配が、より根源的であるように。



※森と氷河と鯨―ワタリガラスの伝説を求めて 星野道夫 世界文化社 1996年
 消えゆくトーテムポールの森で p39
※最後の楽園―Michio’s Northern Dreams〈3〉 星野道夫 PHP研究所 2002 p56



○人類から遠く離れた孤独の中に住む 世界の本質

○水と共に暮らす|いつまでも美しく安全に

○地球の未来を読み解く 南極観測|私たちが存在している自然環境の解明


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自己と他人との溝が深まる
文明社会

鹿鳴館における舞踏会を描いた浮世絵


※吾輩は猫である 夏目漱石 十一


  「探偵と云えば二十世紀の人間はたいてい探偵のようになる傾向があるが、

  どう云う訳だろう」と独仙君は (中略) 質問を呈出した。



  「物価が高いせいでしょう」と寒月君が答える。

  「芸術趣味を解しないからでしょう」と東風君が答える。

  「人間に文明の角(つの)が生えて、金米糖(こんぺいとう)のようにいらいらするからさ」

  と迷亭君が答える。



  今度は主人の番である。主人はもったい振ぶった口調で、こんな議論を始めた。

  「それは僕が大分(だいぶ)考えた事だ。僕の解釈によると当世人の探偵的傾向は

  全く個人の自覚心の強過ぎるのが原因になっている。



  「今の人の自覚心と云うのは自己と他人の間に截然(せつぜん⇒区別のはっきりした)

  たる利害の鴻溝(こうこう⇒大きな溝)があると云う事を知り過ぎていると云う事だ。

  そうしてこの自覚心なるものは文明が進むにしたがって一日一日と

  鋭敏になって行くから、しまいには一挙手一投足も自然天然とは出来ないようになる。



  寝てもおれ、覚さめてもおれ、このおれが至るところにつけまつわっているから、

  人間の行為言動が人工的にコセつくばかり、自分で窮屈になるばかり、

  世の中が苦しくなるばかり、ちょうど見合をする若い男女の心持ちで

  朝から晩までくらさなければならない。

  悠々(ゆうゆう)とか従容(しょうよう⇒ゆったりとして落ち着いている)とか

  云う字は劃(かく)があって意味のない言葉になってしまう。



  この点において今代(きんだい)の人は探偵的である。泥棒的である。

  探偵は人の目を掠(かす)めて自分だけうまい事をしようと云う商売だから、

  勢い自覚心が強くならなくては出来ん。

  泥棒も捕まるか、見つかるかと云う心配が念頭を離れる事がないから、

  勢い自覚心が強くならざるを得ない。

  今の人はどうしたら己(おのれ)の利になるか、損になるかと寝ても醒さめても

  考えつづけだから、勢い探偵泥棒と同じく自覚心が強くならざるを得ない。

  二六時中キョトキョト、コソコソして墓に入いるまで一刻の安心も得ないのは

  今の人の心だ。文明の咒詛(じゅそ)だ。馬鹿馬鹿しい」



○急激な近代化を遂げてきた日本|近代化の象徴 競馬

○日本の伝統文化を受け継ぐ街 秋葉原

○より良い社会へ変えていく人たちを育てる|文教の府 文京区


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文明社会に生きる人は
他人の意見のなかでしか生きられない

フランス革命を先導した啓蒙思想家
ジャン=ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau、1712-1778)
 


○「未開人は自分自身のなかに生きている。

  社会に生きる人は、常に自分の外にあり、他人の意見のなかでしか生きられない。」


○「われわれは欺瞞的で軽薄な外面、つまり徳なき名誉、知恵なき理性、

  幸福なき快楽だけをもつことになったのか」




ルソーの代表作の一つ「人間不平等起源論(1755)」は、かつて人間は不平等が

ほとんど存在しない自然状態にあったのが、歴史的な進歩という過程を経て、

ついには「徳なき名誉、知恵なき理性、幸福なき快楽」だけをもつ存在になった

と指摘します。



○ルソー「人間不平等起源論」

○あるがままの生の肯定|フリードリヒ・ニーチェ


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自分の進むべく道
自己本位

夏目漱石が晩年を過ごした場所 新宿区立 漱石公園


夏目漱石は、若い頃から内面に

「自分が何をしたいのかわからない」という想いを抱えていたといわれます。



※「私の個人主義」 夏目漱石 より


  私はこの世に生まれた以上何かしなければならん、

  といって何をして好いか少しも見当がつかない。

  私はちょうど霧の中に閉じ込められた孤独の人間のように立ち竦んでしまったのです。


  (中略)


  今までは全く他人本位で、根のない萍(うきぐさ)のように、

  そこいらをでたらめに漂よっていたから、

  駄目であったという事にようやく気がついたのです。


  (中略)


  私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってから大変強くなりました。

  彼ら何者ぞやと気慨が出ました。今まで茫然と自失していた私に、

  ここに立って、この道からこう行かなければならないと指図をしてくれたものは

  実にこの自己本位の四字なのであります。


  (中略)


  ああここにおれの進むべき道があった! ようやく掘り当てた!

  こういう感投詞を心の底から叫び出される時、

  あなたがたは始めて心を安んずる事ができるのでしょう。


  (中略)


  だからもし私のような病気に罹った人が、もしこの中にあるならば、

  どうぞ勇猛にお進みにならん事を希望してやまないのです。


  もしそこまで行ければ、ここにおれの尻を落ちつける場所があったのだ

  という事実をご発見になって、生涯の安心と自信を握る事ができるようになると

  思うから申し上げるのです。



○理性によって自己を律したうえでの選択|自由

○都営荒川線に乗って|偏見を取りはらい理性を自立させる

○やりたいことをやっちゃう人生のほうが面白い|"やっちゃえ"NISSAN


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住みにくい人の世を
住みやすくする



※「草枕」冒頭 夏目漱石 小学館文庫 2011


  山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。



  智(ち)に働けば角(かど)が立つ、

  情に棹(さお)させば(⇒調子に合わせてうまく立ち回れば)流される。

  意地を通せば窮屈(きゅうくつ)だ。

  兎角(とかく)に人の世は住みにくい。



  住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。

  どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画(え)が出来る。

  人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。

  やはり向こう三軒両隣りにちらちらするただの人である。

  ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。

  あれば人でなしの国に行くばかりだ。

  人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。



  越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、

  寛容(くつろげ)て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。


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反骨精神で真正直に生きてゆく
坊ちゃん

愛媛県松山市の沖合いにある四十島|夏目漱石の小説「坊ちゃん」では
青嶋と呼ばれ、赤シャツと野だいこがターナー島と名づけた島だそうです


親譲りの無鉄砲で子供のときから損ばかりしている「坊ちゃん」。

家族に疎まれる中、唯一理解してくれたのは「坊ちゃん」と呼んで

可愛がってくれたお手伝いのお婆さん「清(キヨ)」でした。



「坊ちゃん」は物理学校を卒業後、愛媛の中学に数学教師として

赴任しますが、生意気な生徒たち、くせのある先生たちのなか、

持ち前の反骨精神で真正直に生きてゆきます。



「赤シャツ(教頭)」と「野だいこ(画学教師)」の陰謀を知った「坊ちゃん」は憤り、

「赤シャツ」の不祥事を暴いた後、学校を辞めて「清」の元に戻ります。



※坊ちゃん 夏目漱石 最後の部分


  清のことを話すのを忘れていた。−

  おれが東京へ着いて下宿へもゆかず、革鞄(かばん)をさげたまま、

  清や帰ったよと飛び込んだら、あら坊ちゃん、よくまあ、早く帰ってきて

  くださったと涙をぽたぽたと落とした。

  おれもあまりにも嬉しかったから、もう田舎へはゆかない、

  東京で清とうちを持つんだといった。



  その後ある人の周旋(しゅうせん⇒世話)で街鉄(がいてつ⇒都電)の技師になった。

  月給は二十五円で、家賃は六円だ。

  清は玄関付きの家でなくなってもしごく満足の様子であったが

  気の毒なことに今年の二月肺炎にかかって死んでしまった。



  死ぬ前日おれを呼んで坊ちゃん後生(ごしょう⇒どうぞお願い)だから

  清が死んだら、坊ちゃんのお寺へ埋めてください。

  お墓のなかで坊ちゃんがくるのを楽しみ待っておりますといった。

  だから清の墓は小日向(こひなた)の養源寺にある。



○日本最古の温泉 道後温泉

○ターナーコレクションが展示されるテート・ブリテン


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呑気と見える人々も 心の底を叩いて見ると
どこか悲しい音がする

「夏草や 兵どもが 夢の跡」 松尾芭蕉
奥州藤原氏が栄えた平泉(世界遺産)|毛越寺庭園の遣水(やりみず)


※吾輩は猫である 夏目漱石 十一


  短かい秋の日はようやく暮れて、巻煙草の死骸(しがい)が

  算を乱す火鉢のなかを見れば火はとくの昔に消えている。

  さすが呑気(のんき)の連中も少しく興が尽きたと見えて、

  「大分(だいぶ)遅くなった。もう帰ろうか」とまず独仙君が立ち上がる。

  つづいて「僕も帰る」と口々に玄関に出る。

  寄席(よせ)がはねたあとのように座敷は淋しくなった。



  主人は夕飯をすまして書斎に入る。

  妻君は肌寒(はださむ)の襦袢(じゅばん⇒和服の下着)の襟(えり)を

  かき合せて、洗(あらい)晒(ざらし)の不断着を縫う。

  小供は枕を並べて寝る。下女(げじょ⇒お手伝い)は湯に行った。



  呑気(のんき)と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする。

  悟ったようでも独仙君の足はやはり地面のほかは踏まぬ。

  気楽かも知れないが迷亭君の世の中は絵にかいた世の中ではない。

  寒月君は珠磨(たますり)をやめてとうとうお国から奥さんを連れて来た。

  これが順当だ。しかし順当が永く続くと定めし退屈だろう。

  東風君も今十年したら、無暗(むやみ)に新体詩を捧げる事の非を悟るだろう。

  三平君に至っては水に住む人か、山に住む人かちと鑑定がむずかしい。

  生涯(しょうがい)三鞭酒(シャンパン)を御馳走して得意と思う事が出来れば結構だ。

  鈴木の藤(とう)さんはどこまでも転(ころ)がって行く。

  転がれば泥がつく。泥がついても転がれぬものよりも幅が利きく。


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無理を通そうとするから苦しい
天地自然に身を任せ

ゲイヤー・アンダーソンの猫 紀元前600年頃 大英博物館
猫は神聖な生き物であり、絞殺した猫のミイラが販売されていたといいます


※吾輩は猫である 夏目漱石 十一


  その時苦しいながら、こう考えた。

  こんな呵責(かしゃく)に逢うのはつまり甕(かめ)から上へあがりたいばかりの願である。

  あがりたいのは山々であるが上がれないのは知れ切っている。

  吾輩の足は三寸に足らぬ。よし水の面(おもて)にからだが浮いて、

  浮いた所から思う存分前足をのばしたって五寸にあまる甕の縁に爪のかかりようがない。

  甕のふちに爪のかかりようがなければいくらも掻がいても、あせっても、

  百年の間身を粉(こ)にしても出られっこない。

  出られないと分り切っているものを出ようとするのは無理だ。

  無理を通そうとするから苦しいのだ。

  つまらない。

  自(みず)から求めて苦しんで、自ら好んで拷問に罹(かか)っているのは馬鹿気ている。



  「もうよそう。勝手にするがいい。がりがりはこれぎりご免蒙(めんこうむ)るよ」と、

  前足も、後足も、頭も尾も自然の力に任せて抵抗しない事にした。



  次第に楽になってくる。苦しいのだかありがたいのだか見当がつかない。

  水の中にいるのだか、座敷の上にいるのだか、判然しない。

  どこにどうしていても差支(さし)つかえはない。ただ楽である。

  否(いな⇒いや)楽そのものすらも感じ得ない。

  日月(じつげつ)を切り落し、天地を粉韲(ふんせい)して不可思議の太平に入る。

  吾輩は死ぬ。

  死んでこの太平を得る。

  太平は死ななければ得られぬ。

  南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)南無阿弥陀仏。

  ありがたいありがたい。



○美しい日本に生まれた私|天地自然に身をまかせ

○私たちの生涯|生と死の狭間にある「時」を歩む

○人類の智の宝庫 大英博物館


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参  考  情  報


○夏目漱石:青空文庫

○文豪・夏目漱石を生んだ街・ロンドンを歩いた (1/3) 〈AERA〉|朝日新聞出版

○職場を生き抜け!:夏目漱石の「坊っちゃん」になるな!|日経BPネット

○日本近代文学館

○大倉集古館

○本居宣長記念館

○千年の日本語を読む【言の葉庵】能文社

○大和心.com

○MusicaLife

○ひらいずみナビ

○ルーシーと私の楽しむカガクの時間|国立科学博物館

○世界の民謡・童謡 WORLDFOLKSONG.COM

○フリー百科辞典Wikipedia

○ゆかいに漱石〜100年読まれ続ける魅力を探る〜 2016.07
 講師 茂木健一郎 先生 脳科学者
 会場 早稲田大学 大隈記念講堂大講堂
 主催 朝日新聞社・岩波書店・一般財団法人出版文化産業振興財団(JPIC)
 後援 新宿区

○精神医学的にみた夏目漱石 -没後百年によせて- 2016.01
 講師 橋正雄 先生 筑波大学教授
 主催 放送大学渋谷学習センター

○文学とイニシエーション 〜漱石とマンを手がかりに〜 2015.07
 講師 姜尚中 先生 東京大学名誉教授
 主催 放送大学文京学習センター

○悩む力 2012.07
 講師 姜尚中 先生 東京大学大学院教授
 第77回円覚寺夏期講座

○小泉八雲と夏目漱石の鎌倉 2015.07
 講師 池田雅之 先生 早稲田大学社会科学総合学術院教授
 第80回円覚寺夏期講座

○夏目漱石の美術世界展 2013.06
 漱石の眼を通して、 伊藤若冲、渡辺崋山、ターナー、ミレイ、青木繁、
 黒田清輝、横山大観といった古今東西の画家たちの作品を見直してみる
 会場 東京藝術大学 大学美術館

○吾輩は猫である 夏目漱石 少年少女日本文学館 講談社 1988

○文士の生活 夏目漱石

○東京小品 芥川龍之介 漱石山房の秋

○キャッツ ポッサムおじさんの猫とつき合う方法
 T.S. エリオット 池田雅之(訳) ちくま文庫 1995

○創造力の比較文学 池田雅之 成文堂 1999

○ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展 2017.04
 16世紀ネーデルラントの至宝―ボスを超えて
 東京都美術館 2017年4月18日〜7月2日

○ベルギー王立図書館所蔵 ブリューゲル版画の世界
 Bunkamuraザ・ミュージアム 2010

○平安貴族の住まいとインテリア 2017.03
 講師 鳥居本幸代 先生 京都ノートルダム女子大学 生活福祉文化学部教授
 会場 京都造形芸術大学・東北芸術工科大学 外苑キャンパス
 京あるきin東京2017〜恋する京都ウィークス「京都の大学による特別講演」

○西洋芸術の歴史と理論
 講師 青山昌文 先生 放送大学教授
 7.イタリア・ルネサンス美術 −ルネサンスの新プラトン主義−

○メディチ家 森田義之 講談社現代新書 1999

○中国古典文学1 蒙求 2017.05
 講師 新谷雅樹 先生 神奈川県立国際言語文化アカデミア教授
 主催 放送大学神奈川学習センター

○蒙求 李瀚 朋友書店

○中国人の交渉術―CIA秘密研究 産経新聞外信部 (翻訳) 1995

○テーマに沿って日本の歌を歌う
 講師 新井ゆう子 先生 放送大学非常勤講師
 主催 放送大学神奈川学習センター

○日本人の誇り 藤原正彦 文春新書 2011

○祖国とは国語 藤原正彦 新潮文庫 2005

○国家の品格 藤原正彦 新潮新書 2005

○範は歴史にあり 橋本五郎 藤原書店 2010


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