急激な近代化を遂げてきた日本 近代化の象徴 競馬 |
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| イギリス | 天皇賞(秋) | 東京競馬場 | 装鞍所 | 馬体重計測器 | 個体検査 | 調整ルーム | | 地下馬道 | パドック | 本馬場 | 芝コース | スピルバーグ | 検量室 | フジビュースタンド | | 富士山 | 観覧席 | ダービールーム | Sports of Kings | 競馬博物館 | 馬シャ馬シャパーク | | ターフビジョン | サラブレッド | エクリプス | 根岸競馬場 | 函館競馬場 | 馬事公苑 | | ダービーステークス | 凱旋門賞 | エドガー・ドガ | エドゥアール・マネ | メルボルンカップ | | 香港ダービー | 日本の近代化 | 参考情報 | |
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近代競馬の発祥 イギリス |
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イギリス王室主催 ロイヤルアスコット アスコット競馬場 | |||
競馬発祥の地といわれるイギリス。 最初に競馬が行われたのは12世紀だったといいます。 アスコット競馬場で開催される英王室主催の競馬、 ロイヤルアスコット(Royal Ascot)では、 エリザベス女王がウィンザー城から馬車に乗って来場し、 優勝トロフィーの贈呈などを行うそう。 ○共に居ること、創ること|影響を受け、影響を与えてきたイギリス ○明日への架け橋|新しい芸術 アール・ヌーヴォーの時代 |
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Royal Ascot: What To Expect | |||
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数々の伝説を紡ぎ出す秋の中距離頂上決戦 天皇賞 |
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JRA60周年記念 第150回天皇賞(秋) 東京競馬場 | |||
東京競馬場の芝2,000mで行われる中距離頂上決戦、天皇賞(秋)。 2014年は第150回の開催となるそう。 天皇賞は、明治38年(1905年)に明治天皇から 横浜の日本レースクラブへ下賜(かし)された「御賞杯」を賭けて競われた 「エンペラーズカップ」が前身だといいます。 ○日本の成り立ちを語る雅楽|日本で最も古い古典音楽 |
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【競馬】2014 天皇賞(秋) スピルバーグ みんなのKEIBA | |||
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競馬の祭典 日本ダービの舞台でもある 東京競馬場 |
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JRA60周年記念 第150回天皇賞(秋) 東京競馬場 | |||
天皇賞(秋)の他、競馬の祭典日本ダービー(東京優駿)や、 オークス(優駿牝馬)、ジャパンカップなどのGI レースが行われる東京競馬場。 2014年、天皇賞(秋)の観客動員数は10万人を超えたといいます。 ○Discover Tomorrow 新たなスポーツ文化の確立 ○JR南武線沿線|未来に夢をのせて 最幸のまち かわさき |
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公正確保のために馬体検査を行う 装鞍所 |
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装鞍所(そうあんじょ) 東京競馬場 | |||
美浦(茨城県美浦村)・栗東(滋賀県栗東市)のトレーニングセンターから 輸送された競走馬は、装鞍所(そうあんじょ)と呼ばれるところに入るそうです。 装鞍所では、競馬の公正確保のために出走馬の馬体検査、 蹄鉄の検査、馬の健康状態のチェック、鞍の装着などが行われるそう。 |
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馬体重を測る 計測機 |
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装鞍所内 | |||
ここでは馬体重の測定が行なわれ、 前走と比べて著しい変化があった場合、その原因が調べられるそうです。 |
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体重測定の後は 個体検査・鞍の装着 |
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体重測定を済んだ馬は、次に白い四角枠のところで、 固体検査、蹄鉄検査、鞍の装着が行われるそう。 各種の検査が終了するとそれぞれ指定されたつなぎ馬房に収容され、 禁止薬物を使用しないよう監視されるといいます。 ここでは薬物だけでなく水や飼料も与えることはできないそうです。 |
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外部との連絡が禁止された 調整ルーム |
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装鞍所・馬房の後ろに建つ調整ルーム | |||
騎手は騎乗前日には競馬場内にある調整ルームと呼ばれるところに入るそうです。 外部との接触を防ぐため、調整ルームでは電話やメールなど 外部との連絡は禁じられているといいます。 |
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装鞍所から地下馬道を通り パドックへ |
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長〜い地下馬道 | |||
装鞍所から地下馬道(ちかばどう)を通ってパドック(下見所)へ。 パドックへの道のりは結構な距離があり、 写真では解りづらいですが坂になっています。 地下馬道には自転車が配備されていました。 |
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本レースを盛り上げる パドック |
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地下馬道を通り抜けパドック(下見所)へ。 厩務員にひかれて周回する馬の状態を確認できます。 パドックでの最後の一周は騎手が騎乗し本馬場に向かいます。 |
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歓声に包まる 本馬場 |
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パドックからは再び地下馬道を通り本馬場へ。 登場とともに大きな歓声があがっていました。 |
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研究開発と徹底した管理の上に成り立つ 芝コース |
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競馬場の芝コースは、大まかに暖地性の「野芝」を使用しているコースと 寒地性の「洋芝」を使用しているコース、両方を使用しているコースに分けられるそう。 「野芝」は馬の蹄に対して耐久性が高い反面、冬には枯れてしまう特徴があり、 「洋芝」は年間を通して緑を保てる反面、耐久性が弱いといいます。 日本の競馬場では、長らく野芝のみを使用してきたそうですが、 技術開発を重ね、野芝の上に洋芝を重ねて植えるという オーバーシード法を実現したそうです。 |
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第150回天皇賞(秋)を制した スピルバーグ |
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第150回天皇賞(秋)を制したスピルバーグ。 お父さんは中央競馬クラシック三冠馬であるディープインパクト、 お母さんはアメリカ馬のプリンセスオリビア。 スピルバーグはハーフなのですね。 |
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騎手が検量を受ける 検量室 |
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検量室前の1位から7位までの着順ゲート (写真には写っていませんが左側に検量室、正面はパドックから入る光) |
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騎手の検量を行うという検量室。 検量はレース前の前検量とレース後の後検量があるそうです。 後検量は着順1位から7位までの騎手が受けるそう。 テレビでもお馴染みのこの場所は、 ガラス越しに見ることができる「ホースプレビュー」があり、 臨場感溢れる観戦を楽しむことができます。 |
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検量室戻ってくるキズナと武豊ジョッキー | |||
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森のスタジアム フジビュースタンド |
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2007年に完成したという「フジビュースタンド」。 武蔵野の緑と溶け合い、競馬ファンの夢の舞台として、 次世代のファンにも親しまれる「森のスタジアム」を目指して設計されたそうです。 ○つながりの森|自分が人生の主人公 |
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富士を望む フジビュースタンド |
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○で囲んだところが富士山 | |||
フジビュースタンドは名前の通り、 スタンドから富士山を展望できることから名づけられたそうです。 ○日本人の心を映す優美な富士 |
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フジビュースタンド8Fからの 景色 |
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とても見晴らしの良いフジビュースタンドの8階。 入場する機会を頂きうれしく思います。 |
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来賓室 ダービールーム |
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フジビュースタンド8階にあるダービールーム。 16室あるという部屋には、ナリタブライアン、スペシャルウィーク、 ウオッカなど、歴代名馬の名前がつけられています。 |
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Sports of Kings 紳士・淑女のスポーツ |
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ダービールームの通路 | |||
英国では競馬を「スポーツ・オブ・キングス」というそう。 かつて王侯貴族などが自ら馬を持ち寄って競馬を行ったことから、 紳士・淑女のスポーツとして高い地位を得ており、 場所によっては正装が義務づけられるそうです。 |
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競馬の魅力に触れる JRA競馬博物館 |
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東京競馬場内にあるJRA競馬博物館。 顕彰馬の肖像画や馬像などが展示される「メモリアルホール」や、 世界の主要な競馬場を映像で楽しめる「アラウンド・ザ・ワールド」など 競馬の魅力に触れることができるミュージアムです。 訪れた時は特別展「英国ダービー展」 、 JRA60周年記念特別展示「英国ジョッキークラブ秘蔵 競馬絵画展」 などが開催されていました。 ○馬と人との交流の歴史を知る「馬の博物館」 |
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子どもたちの歓声が溢れる 馬シャ馬シャパーク |
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馬シャ馬シャパークと海賊船ダービー号(左) | |||
水の公園、馬シャ馬シャパーク。 手前から奥に向かって小川が流れ、その先には噴水広場があります。 左には、ネット登りやスライダーが楽しめる海賊船ダービー号。 子どもたちの歓声が溢れていました。 |
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世界最大級の大型スクリーン ターフビジョン |
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世界最大の大型級のスクリーンというターフビジョン。 テニスコート3面分の広さがあるそうです。 ○世界初の地球ディスプレイ Geo-Cosmos |
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強く早い血を残し、さらに強く早い馬を生んできた サラブレッド |
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サラブレッド三大始祖の一馬 ダーレーアラビアン | |||
イギリス人によってでつくりだされたといわれるサラブレッド(thoroughbred)。 イギリス在来の牝馬に東洋種の牡馬をかけあわせ、 強く速い馬の血を残し、さらに強く速い馬を生んできた歴史があるといいます。 現代の世界中のサラブレッドは父系の血統をたどっていくと、 バイアリーターク、ゴドルフィンアラビアン、ダーレーアラビアン 3頭の馬(三大始祖)に遡ることができるそうです。 |
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サラブレッドの90%を占めるという エクリプス系 |
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エクリプス ジョージ・スタッブズ 英国ジョッキークラブ | |||
三大始祖の一馬、ダーレーアラビアンの子孫にあたるというエクリプス。 26戦全勝、「Eclipse first, the rest nowhere」 (エクリプス1着、他はどこにも見えない)といわれたほど 圧倒的な強さだったといいます。 現在のサラブレットの90%ほどはエクリプスの子孫だそうです。 |
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日本近代競馬 発祥の地 根岸競馬場 |
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2014年現在も残るスタンド(一等馬見所) 横浜市 | |||
開港とともに多くのモノや文化の窓口となった横浜。 日本で最初の洋式競馬は横浜に誕生したそうです。 幕末期、外国人居留地の娯楽施設として根岸競馬場が完成し 戦時中の昭和17年に幕を下ろすまで、76年間の歴史を歩んだといいます。 当時の競馬場は現在のような庶民の娯楽施設というよりも 貴族の社交場としての位置付けが強く、近代化の象徴としてとらえられ 皇族もたびたび訪れたといいます。 明治天皇は13回行幸され、1905(明治38)年には天皇より御賞典が 下賜される「エンペラーズカップ」(現天皇賞)が創設されたそう。 ○日本初の洋式競馬場が残る根岸森林公園 ○ヨコハマの丘の上からテニスが始まった|テニス発祥記念館 ○輸出入品や外国人が乗った馬車が通行した横浜・馬車道 ○開放的で自由な街に、心地よい風が吹きぬける OPEN YOKOHAMA |
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日本で最も歴史の長い競馬場 函館競馬場 |
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1869年の日米修好通商条約により国際貿易港として 正式に開港した箱館(函館)。 函館における競馬は、明治8年(1875年)、 函館招魂社(現・護国神社)の祭典競馬が始まりといわれます。 ○風が吹き抜ける森と湖|国際観光都市 函館・大沼 |
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騎手養成を担ってきた 馬事公苑 |
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東京都世田谷区 | |||
昭和15年に開苑したという馬事公苑。 昭和39年の東京オリンピックでは馬術競技会場だったそう。 昭和57年、千葉に競馬学校が開設されるまで、 騎手養成の役割をになってきたといいます。 2014年現在、馬になれ親しみ、理解を深める場所として、 ホースショーや馬術競技会なとが開催されているそうです。 ○未来を託す希望の華|安心して暮らせる街づくり 世田谷区 |
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世界初のダービー ダービーステークス |
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エプソム競馬場 イギリス・ロンドン | |||
オークスの牡馬(オス馬)版として1780年に創設されたという ダービーステークス(エプソムダービー・英ダービー)。 世界初のダービー(3歳馬レース)だそう。 繁殖馬選定のために行われるため、 せん馬(去勢されたオス馬)は出走できないそうです。 |
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欧州最大のレースといわれる 凱旋門賞 |
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競馬発祥の地であるイギリス。 フランス・パリ郊外のロンシャン競馬場(Longchamp Racecourse) で行われる凱旋門賞(Prix de l'Arc de Triomphe、芝2400メートル)。 欧州最大のレースだそうです。 レース名はシャルル・ド・ゴール広場の「エトワール凱旋門」に由来するそう。 ○Art of Paris |
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ドガが描いた ロンシャン競馬場 |
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Racehorses at Longchamp Edgar degas 1874 ロンシャンの競馬 エドガー・ドガ ボストン美術館 |
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フランスの印象派の画家といわれるエドガー・ドガ。 バレエの踊り子を数多く描いた画家として知られていますが、 馬を題材にした作品も残しているそうです。 ○踊り子の画家 エドガー・ドガ |
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マネが描いた ロンシャン競馬場 |
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The Races at Longchamp Edouard Manet 1866 The Art Institute of Chicago |
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印象派の先駆的な画家といわれるエドゥアール・マネ。 お父さんは法務省の高官という裕福な家庭に生まれたそう。 女性のヌードを描いた作品「草上の昼食」、「オランピア」は 大スキャンダルになったといいます。 |
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お祭り色に染まる メルボルンカップ |
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2014年現在、153年の歴史を誇るというメルボルン・カップ(Melbourne Cup) を中心に1週間以上に亘り開催されるメルボルン・カップ・カーニバル。 期間中、女性のためのカーニバル伝統イベントクラウン・オークス・デーや、 家族向けのエミレーツ・ステークス・デーの他、4つのレースが開催され、 お祭り一色に染まるといいます。 ○オーストラリア発祥の地|英国移民船が上陸したサーキュラーキー |
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イギリス植民地時代に伝わった 香港の競馬 |
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香港ダービー シャティン競馬場 | |||
イギリス人の入植によって伝えられたという香港の競馬。 香港には、ハッピーバレー競馬場とシャティン競馬場の2ヶ所があり、 国際レースはシャティン競馬場で開催されているそうです。 ○香港高層ビルの光のショー Symphony of Lights |
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急激な近代化を遂げてきた 日本 |
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大政奉還図 邨田丹陵 | |||
200年以上の長きに亘り鎖国を続けてきたという日本。 1867年、江戸幕府第15代将軍徳川慶喜は政権を明治天皇に返上したそうです。 これにより、日本はこれまでの政治・法律・行政・産業・教育・思想など あらゆる場面にて変革が行われ、近代国家への道を歩んできたといいます。 大政奉還からわずかに150年程を経た現在。 急激な変化を遂げてきた日本において、 世代間で異なる価値観を持っていたとしても不思議はないように感じます。 ○武家政権最後の征夷大将軍 徳川慶喜公墓所 ○新たな絆から夢が膨らむグローバル人材 ○光は闇の中で輝く|世代とジェンダーを越えて発展する |
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