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静寂につつまれた寺 錦屏山瑞泉寺 |
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| 緑の中を通り抜けて | 古道を歩き | 初夏の境内 | 早春の境内 | 書院庭園の起源ともなった石庭 | | 文学ゆかりの寺 | どこも苦地蔵 | |
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緑の中を通り抜けて | |||
山に囲まれた上に、鎌倉駅から離れていることもあるのか、 静寂につつまれた寺。 お寺の入口から山門は見えず、 緑の中を歩いて行くことになります。 ○木洩れ日が美しい天空のカフェテラス 鎌倉・樹(いつき) |
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お寺の入口 山門は見えません |
緑の中を歩いて | 竹林 | |
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古 道 を 歩 き | |||
○交通の要路・防御拠点であった鎌倉の切通し |
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初 夏 の 境 内 | |||
瑞泉寺は「花のお寺」とも呼ばれているそうです。 以下に瑞泉寺の花暦を引用しました。 ■瑞泉寺の花暦 1月 スイセン・ツバキ・ロウバイ・オオバイ 2月 ウメ・ミツマタ 3月 ハクモクレン・レンギョ 4月 サクラ・ショッカッサイ・ヤマブキ 5月 ツツジ・フジ 6月 アジサイ・イワタバコ 7月 キキョウ 8月 サルスベリ・フヨウ・タマアジサイ 9月 ハギ・ヒガンバナ・コスモス 10月 シュウメイギク・ホトトギス・フユザクラ 11月 サザンカ・ツワブキ 12月 紅葉 ○梅香る、富士の景色 ■山号:錦屏山(きんぺいざん)の由来は? 紅葉がきれいな紅葉ヶ谷(もみじがやつ) 瑞泉寺の辺りは紅葉ヶ谷(もみじがやつ)と呼ばれ 紅葉がとってもきれいな場所です。 山号の錦屏山(きんぺいざん)は、寺を囲む山々の紅葉が 錦の屏風のように美しいことから名付けられたそうです。 ○紅葉ヶ谷の紅葉 |
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緑の向こうに本堂 | 本堂 | 黄梅(おうばい) 市指定天然記念物 |
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早 春 の 境 内 | |||
梅が咲いています | |||
○梅がきれいな荏柄天神社 ○多摩川沿いで出会った、春の訪れを告げる梅 |
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しだれ梅と本堂 | |||
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書院庭園の起源ともなった石庭 | |||
■瑞泉寺の歴史 ●1327年創建 ●開山は夢窓疎石(むそうそせき) ○三重県出身の禅僧。 ○瑞泉寺の開山以降は、 鎌倉・円覚寺の住職(鎌倉五山第二位) 京都・南禅寺の住職(京都五山・鎌倉五山の上位) 甲斐・恵林寺の開山 京都・西芳寺の開山 京都・天龍寺の開山 など、 歴代天皇より7度も「国師」の称号を頂いた上に、 庭も作ってしまう、偉いお坊さん。 ●足利尊氏の四男で、初代鎌倉公方の足利基氏が中興 ○ちなみに鎌倉公方は、 関東八ヶ国に甲斐・伊豆を合わせた東国10ヶ国を統治。 ○中興というのは、1度途絶えていた物を復興させるという意味。 ●鎌倉公方代々の菩提寺に ●鎌倉五山に次ぐ関東十刹(じっせつ)の第一位の格式を誇ったお寺に ●書院庭園の起源ともなった石庭 ○本堂裏には岩盤を削りだし岩の庭がある ○作ったのは夢窓疎石。 ○鎌倉期唯一の庭園として国の名勝に指定されている。 ○鎌倉五山第五位 浄妙寺の茶室 喜泉庵 ○京都・南禅時の美しいお庭「虎の子渡しの庭」 |
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石庭 | |||
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文学ゆかりの寺 | |||
吉野秀雄(歌人)の碑 | |||
瑞泉寺には数多くの文人が訪れ、 数多くの文学作品が創られたそうです。 ■瑞泉寺ゆかりの文人 大宅壮一氏(評論家)・大佛次郎氏(小説家)・梶山季之(小説家) 川端康成氏(小説家)・久保田万太郎氏(小説家)・久米正雄氏(小説家) 高浜虚子氏(俳人)・立原正秋氏(小説家)・永井龍男氏(小説家) 山崎方代氏(歌人)・吉野秀雄氏(歌人) ■文学碑 @吉野秀雄氏(歌人) 「死をいとひ 生をもおそれ 人間のゆれ定まらぬ こころ知るのみ」 A山崎方代氏(歌人) 「手の平に豆腐をのせていそいそと いつもの角を曲がり帰る」 B大宅壮一氏(評論家) 「男の顔は履歴書である」 C久保田万太郎氏(小説家) 「いつぬれし 松の根方ぞ 春しぐれ」 ○鎌倉ゆかりの文人が紹介されている鎌倉文学館 |
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@吉野秀雄氏 | A山崎方代氏 | B大宅壮一氏 | C久保田万太郎氏 |
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どこも苦地蔵(どこもくじぞう) | |||
■どこも苦地蔵の伝説 昔、地蔵を守る堂守が、貧しさのあまり逃げ出そうとしたそうです。 すると地蔵菩薩が夢枕に現われ「どこも、どこも」と告げた。 堂守は「たとえここから逃れても、苦しいのはどこも同じ」だと 悟ったのだそうです。 ○今を生きる |
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参 考 情 報 | |||
○鎌倉ぶらぶら ○本堂には徳川光圀(みつくに)寄進の千手観音像(市重文) ○開山堂には夢窓疎石像(国重文) ○境内は国の史跡に指定 ○裏山は天園ハイキングコース ○また裏山には「お塔やぐら」「瑞泉寺やぐら群」があります。 ※「やぐら」とは、中世鎌倉を取り巻く丘陵山腹を穿って 造られた仏堂的横穴古墳などの総称。 |
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