葉山御用邸前 船上PARTY

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船 上 パ ー テ ィ

葉山御用邸前にはたくさんの船が


葉山のビーチが知れ渡るようになったのは明治27年。

一色海岸を望む場所に葉山御用邸が造園されてから。



昭和に入ると都会人の避暑地として、

多い年には年間百数十万人の人が海水浴に訪れるようになったそうです。



もともと海水浴をおこなう習慣がなかった日本人が

海水浴を始めるようになったのは、

ベルツ博士が結核の治療に海水浴が良いと提言したこと始まり。



ちなみに当時、「海水浴」という言葉はなく、明治・大正期には、

「汐とおじ」と呼ばれていました。



「汐とおじ」は、別荘に訪れた特権階級の人が行うもので、

海岸の散歩も含めて贅沢なものだったそうです。


また、今でこそ、御用邸前のビーチは開放されているけど、

以前は警備が厳しく、一般人は立ち入りができませんでした。



○陸上から見た葉山御用邸とヨット





船 上 パ ー テ ィ



葉山御用邸前のビーチに停泊して、そうめんを茹でて昼食。

氷で冷やしたそうめんはうまかった。


ビーチ前には、10艇ぐらいのヨットが停泊していて、

その中には、葉山鐙摺ヨットクラブの「セラビ」や「パーライト」も停泊。


セラビ号とロープで2艇を固定し船上パーティ。


朝に葉山のパン屋さんで買った焼きたてのガーリックフランスや

枝豆、コロッケ、サラダ、ウインナーなどをご馳走になりました。


ちなみにセラビ(c’est la vie)は、

英語ではit’s the lifeという意味だそうです。


セラビのK様、O様、あがとうございました。



○葉山鐙摺ヨットクラブ キス釣り大会



すだれが涼しげ メロン食べてます c’est la vie

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